黄昏の刻 第1話 |
ルルーシュは暫くの間茫然とその場に立ちつくした後、ふうっと大きく息を吐いて空を見上げた。 「ああ、いい天気だな」 雲ひとつない澄み渡った青空。 何て気持ちのいい色なのだろう。 人々の未来が、こんな青空のように澄み渡った明るい色であればいいな。 爽やかな笑顔と共に思わずそう呟くのだが、この言葉に返事を返す者はいない。 それは当然の事だとルルーシュは理解している。 だから一度その両目を閉ざし、ふっと不敵な笑みを浮かべた。 そして、再び両目を開き、辺りを見回した。 目を閉じる前と変わらない光景に、その美しい顔には強張った笑みと、感情のこもらない冷めた眼差しが加わり、渇いた笑いまで口からもれだした。今まで散々イレギュラーな目にあってきたが、ここまでのイレギュラーはなかっただろう。そう思いながら、口から洩れでる渇いた笑いに、ああ、どうしてこうなったんだ、その耳障りな笑い声を止めろ俺。と、冷静な自分が突っ込みを入れた。 ルルーシュの周りには10や20では済まないほどの、それこそ数えきれないと表現すべき数の人々が集まっていた。彼らの目は憎しみと侮蔑に満ちていて、それらの視線に関して言うならば心地いいとさえ思っていた。それでいい。計算通りだ。だからこの光景を目にしたならば、いつも通り自信に満ちた声音で、フハハハハハハハ!とでも笑い飛ばすべきなのだ。だが自分の口からはアハハ、アハハハ・・・と、感情など欠片も感じない渇いた笑いしか出てこない。 ルルーシュの想定通りであるなら、その憎悪を宿した民衆は、自分の足元まで雪崩込んでこなければいけないのだが。 「おにいさまあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 悲痛な声で泣くナナリーが、それを阻止していた。 ナナリーは真っ赤に染まった俺の体にすがりつき、今まで聞いたことも無い様な、この身を切り裂かれそうなほどの悲しみに満ちた声で泣き続けているのだ。そう、俺の、体にすがりついて。 ・・・そして、いや、いい加減認めるべきだなと、俺は再び空を見上げた。 俺の足元には、ゼロであるスザクに剣で刺し突かれ、絶命した俺の体・・・既に事切れた俺の遺体が転がっている。そんな俺の亡骸に向かい、ナナリーは愛していると何度も叫びながらすがりついているのだ。 本来であれば、ナナリーはルルーシュの遺体を見て、これで世界は救われたのだと喜ばなければいけないのだが・・・優しいナナリーにそれは酷な事だったらしい。悪魔ともいえる存在とはいえ、兄は兄。長年共に生きていた者の死を目の当たりにし、心優しいナナリーが悲しむのは仕方のない事だったのだ。 まあ、何も問題はない。 そんな姿の彼女を、世界は優しい娘だと受け入れてくれるはずだ。 問題は、ナナリーのあまりにも悲しみに満ちた声と姿に、憎悪の目を向ける民主でさえ、俺の遺体に手を出せない状態だということ。予定通りなら、その遺体は民衆の手でぼろ雑巾のように扱われ、見るも無残な状態にならなければいけないのだが・・・これでは無理だろうな。 ああ、何てきれいな空だろうな。 俺は再び現実逃避をした。 解っている。解ってはいるのだ。 幽霊となって本来見る事の叶わないはずの場面を目の当たりにしている事を。 わかってはいるが、受け入れられるかと言えば否。 そもそもこんな非科学的な事など、あり得ないなと一笑して終わらせるのが俺だ。ギアスも自分が手に入れなければ、そんな夢物語あるはず無いだろうと考えただろう。コードによる不老不死や神に関してもそうだ。それを考えるなら、不老不死の研究をしていたクロヴィスや、スザクとの会話でギアスを知り、それを認めたシュナイゼルは頭が柔らかいのだと思う。 だが残念なことに、ギアス同様今回も自分で体験している以上認めなければならない。 幽霊は、実在するのだと。 民衆の人だかりをかき分けて、コーネリアがナナリーの元へやってきた。 良し、いいぞ。 そのままナナリーを抱きしめるんだ。 今の俺にはそれは叶わない事だから。 幽霊となってもナナリーへの愛情が変わらないことに安堵はしたが、この手で慰める事は二度と叶わない事に絶望もした。抱きしめようとしても、この手は彼女の体を素通りし、この声は彼女には届かないから。 その手に触れても、俺と言う存在を感じないようだった。 幽霊となった動揺で、思わずナナリーに接触を試みてしまったが、万が一という事がある以上、もうこの子に触れることも語りかけることもしてはいけないのだと自分に言い聞かせ、今は傍観者に徹している。 だから、早く。 ナナリーを俺から引き離して、抱きしめてくれ。 そして俺の遺体を民衆に明け渡せ。 非道の限りを尽くした俺の体は、民衆の手で暴行を加えられ、見るも無残な状態にならなければならない。 その後死体を晒し、悪を行った者の末路を民衆の心に焼き付けるのだ。 まるでその声が聞こえたかのように、コーネリアはナナリーを遺体から引き剥がし、嫌がるナナリーを力強く抱きしめてくれた。 「離してくださいっ!離してっっ!お兄様っおにいさまぁぁぁ!」 悲痛な声はなおも響き渡るが、ナナリーは強い子だ。今目にした事にショックを受け、俺のために涙を流してくれているが、すぐに元気になるだろう。 後はこの遺体を。 するとコーネリアが命ずるまでも無く、憎悪に歪んだ民衆は我先にとこの体に手を伸ばした。 |